見る、話す、すれ違う、祈る——TRPのピンクウォッシュに抗して[忘れた頃に届く 2024年4月]

インスタのストーリー、Queering the map、ストーンウォールの反乱、半年も続くイスラエルの侵攻と虐殺、ピンクウォッシュ
小沼理 2024.04.06
誰でも

 何度か会ったことはあるけどじっくり話をしたわけじゃない。友人と呼ぶのはなれなれしく思われそうで躊躇するけど、知人と呼ぶのもそっけない。どう形容していいかわからない、だけど親しみを覚えている人の、インスタのストーリーが流れてくる。

 画面の中でその人は、ワイシャツのボタンをすべて開けて、下着姿で、鏡に向かってiPhoneを構えていた。時々アップされる彼の裸のセルフィーには、自信やさびしさがそのまま写っているようで、そのことをいつもかっこいいなと思う。「いいね」を押すか迷う。そのうちにタイムバーが右端まで到達して、次の人の投稿に切り替わる。あ、と思ったけど、戻ることはしないで、そのまま新しい情報に埋もれていく。次の投稿は、ガザの病院がすさまじい攻撃を受けたことを伝える動画だった。

 翌朝にまたインスタを開くと、その人は新しいストーリーをアップしていた。「エロい写真には「いいね」があるけど、パレスチナや政治の話をすると皆の反応が冷たい」と書いてあった。もうセルフィーは消えていた。

 画面の右側をタップして、その人の次の投稿を見る。つい先日TRP(東京レインボープライド)が発表したひどい声明文(*1)をシェアして、こう書いていた。

「僕は「ゲイ」である以前に「人間」になりたい。」

「好きな子にはじめてキスをした場所。ガザでゲイとして生きるのは大変だけど、どうしてかこのときは楽しかった。近所の男の子達とたくさんエッチなことをしたけど、みんなある程度はゲイなんだと思った。」(*2)

「いつまで生きられるかわからないから、死ぬ前に自分のこの記憶をここに残したい。どんなことがあっても、我が家を離れるつもりはない。自分の一番の後悔は、ある人とキスをしなかったことだ。彼は2日前に死んでしまった。お互いに大好きだと言っていたのに、最後に会ったときも恥ずかしがってキスできなかった。彼は爆撃で死んだ。自分の中の大きな部分も死んでしまったように感じる。もうすぐ自分も死ぬ。ユーヌスへ、天国で君にキスするよ。」(*3)

 Queering the map(*4)というウェブページがある。アクセスするとピンク色の世界地図が広がっていて、ユーザーは自分がクィアな体験をした場所にピンを打ち、思い出を書き残すことができる。世界中の人によって書かれたそれらを読むこともできる。

 あらゆる場所にピンが打たれている。日本にも、韓国にも、アメリカにも、パレスチナにも。当然だ。クィアはどこにでもいるのだから。

 その中のパレスチナに残されたメッセージを、日本語に訳してまとめてくれた方がいた。上に引用したのも、そのうちのいくつかだ。

 短い数行のメッセージが、その人の人生を想起させる。(少なくとも)「死者数3万3000人」、「避難民200万人」などの数字に還元できない、一人ひとりの手触りを伝える。私は、このメッセージを残したかれらに会ったことがない。顔も名前も知らない、言葉を交わしたこともない。友人でも、知人でもない。だけど、親しみのような感情が湧き上がる。今どうしているだろうと想像する。安全な場所で飢えずにいてほしいと願ってしまう。そんな場所、今のガザにはどこにもないとわかりながら。

 イスラエルによるガザ侵攻がはじまって半年が経って、パレスチナのことは私の日常になった。ストーリーには毎日たくさんの情報が流れてくる。数字に還元できない手触りが虐げられ、数字として積み上がっていくのを毎日見ている。パレスチナで蹂躙されるいのち(クィアも、そうでない人も、ひと以外も含む)のために、何かしたいと思う。こんな状況をもたらしているのは何なのかを考える。

 それはおかしなことだろうか? もしもまだ、かれらが「テロリスト」で、今回のことも「10月7日にハマスが先に攻撃を仕掛けた」と考えている人がいたら、何世代にもわたるイスラエルによる占領と抑圧について調べてみてほしい(*5)。ひとをひとと思わない残酷な占領が、世界からの黙殺が何十年も続いていて、その上での抵抗だと知ってほしい。

 1969年のストーンウォールの反乱については、知っている人も多いと思う。この反乱は、警察権力による「ゲイ」たちへの厳しい抑圧に抵抗するための暴動だった。終わりの見えない差別的な状況をひっくり返すために、かれらは硬貨を、瓶を、レンガを投げつけ、大きな暴動を起こした。

 本当に暴力を振るっていたのは誰か。私たちならわかるはずだ。

 「ピンクウォッシュ」について、たくさんの人がわかりやすく説明している(*6)。一言で言えば、国や企業などがLGBTQ+フレンドリーをアピールすることで、他のマイノリティへの差別や不都合な施策を覆い隠すことだ。

 この言葉は、イスラエル政府が「ゲイフレンドリー」をアピールして、パレスチナの占領を覆い隠そうとする行為を批判するために使われた。占領によりイメージが悪くなったイスラエルは、2000年後期から「ブランド・イスラエル」として、芸術や文化をプロパガンダに自国をよく見せるキャンペーンを展開する。その一つとして、「ゲイフレンドリー」なイメージが用いられた。テルアビブを「中東で最もゲイフレンドリーな街」と広報し、経済的に余裕のあるゲイのシスジェンダー男性などにとってのホットな観光地に仕立て上げた。パレードでは、レインボーフラッグとイスラエルの国旗を並べて、あるいは二つを組み合わせたものが掲げられる。そうして「LGBTQ+の権利を認めている」という「先進的」なイメージをまとい、相対的にパレスチナ人やイスラーム社会は「遅れている」という印象を植え付ける。占領や虐殺といった負のイメージをウォッシュ(覆い隠す)する。

 これは「中東で起きている遠い話」ではない。2013年から2019年にかけて、TRPはイスラエル大使館から後援を受けていた。2014年に行われた東京レインボーウィークでは、32ページのパンフレットのうち4ページがイスラエル大使館による広報ページで、テルアビブの魅力が紹介されていた。

 パレスチナのクィアによるステートメント「Queers in Palestine」(*7)には、「私たちの明確な要求」として、最初に「イスラエルの資金提供を拒否し、イスラエルのすべての機関との協力を拒否し、BDS運動に参加してください」と書かれている。BDSとはBoycott (ボイコット)、Divestment(資本の引き揚げ)、Sanctions (制裁)の頭文字をあわせたもので、国際的なパレスチナ連帯運動として展開されている(*8)。ここ数ヶ月の間に、伊藤忠商事に対する署名や、「マックやスタバは買わないようにしよう」といった呼びかけを見たことがあるかもしれない。それもBDSの一環だ。

 TRPは、今年はイスラエル大使館の協賛は受けていないと公表している。しかしAmazon、マクドナルドといったBDS対象企業がスポンサーとして参加しており、批判を集めている(*9)。また川崎重工は、防衛省が導入を検討しているイスラエル製攻撃型ドローンの輸入代行を計画している。イスラエル製の武器。それはつまり、「パレスチナの人々で性能を試した」ものだ。

 ガザ地区の死者は3万3000人を超えた。もう死者数を数える機関が機能していなくて、実際はもっとたくさんの人が亡くなっているとも言われる。

 これは「別の問題」だろうか。TRPは公式サイトで、日本におけるLGBTの割合を3〜10%としている(*10)。この調査がどこまで正確かはわからないし、その数値は「ブルーオーシャンのLGBT市場!」なんていって資本主義と結びつけられたこともあるから、正直かなり警戒している。でもその疑念はいったん置いておいて、この数字を使ってみる。大きくはずれないと仮定して、この割合をガザの死者数に当てはめてみる。3%なら、990人。10%なら、3300人。それだけのLGBTQ+が殺された。それに加担している企業が、TRPのスポンサーについている。そのことを、切り離して考えられるものなんだろうか。

 それとも、まだ「イスラエルはLGBTQ+フレンドリーで、パレスチナにはフォビアがあるから」と言う? じゃあ、「イスラエルはLGBTQ+フレンドリーだから、パレスチナ人でもゲイだと言えば見逃してくれる」? だったらいいね。ずいぶん「人権に配慮」しているんだね。でもだとしたら、殺された3万3000人は何なんだろう。「人間じゃない」とでも?

 クィアに対する抑圧は、パレスチナにもあるだろう(日本にも、韓国にも、アメリカにも、イスラエルにもあるように)。でも、かれらを苦しめるのはそれだけじゃない。そのことに目を逸らされて、もっと重大な構造的暴力を見逃してはならない。

 これは「別の問題」じゃない。ここ数年、パレードでは従来の6色のレインボーフラッグから、「プログレス・プライド・フラッグ」と呼ばれるものに置き換わってきた。白、水色、ピンクのトランスジェンダーカラー、茶色と黒の人種的マイノリティをあらわすカラーが加わったものだ。黒には、HIV/エイズで亡くなった人への追悼や、その差別や偏見に抵抗する意味もある(*11)。ここには、LGBTQ+コミュニティの中でいないことにされてきた人たちがいたことへの反省、そしてそれを繰り返さないための決意が込められていると思う。その反省と決意に偽りがないなら、私たちはさらに前進するべきだろう。いや、むしろ一度立ち止まって、新しい方向を探すのがいいかもしれない。単線的に一方向へ直進するだけが未来じゃない。

 パレスチナの苦しみに目を背けて——それどころか、その苦しみをもたらす企業を担ぎ上げて、何を祝福できるのだろう。

 TRPが3月末に公開した声明文には、大きな問題があると思う。「すべての個人、企業、組織及び国などが人権侵害に加担することはあってはならないと考えてい」ると書いてあるけれど、それは今自分たちがしていることと矛盾していないか。パレスチナのためにできることを探して、それを求めることは、「LGBTQ+コミュニティの分断を煽る」ことだろうか。

 TRPの声明文は、これまでに寄せられた批判に対する回答になっていない回答であり、「これ以上何も言うな」という威嚇だ。少なくとも私はそう理解した。

 口を閉ざすほど、虐殺は、占領は、入植は、ピンクに覆い隠されていく。それなら、何が隠されているかを話し続けよう。言葉にして、暴いて、台なしにしてしまえばいい。クィアであることを悪用されないために。パレスチナのあらゆるいのちのために。

 東京やほかの都市でプライドイベントに参加するたび、ただすれ違うだけの人たちに親しみを覚えた。そして、いつも勝手に祈るような気持ちになった。これ以上傷つかないでほしい。生きていてほしい。正しくあってほしい。誰かの(クィアだけではなく、あらゆるものたちの)尊厳を奪うことに加担しないでほしい。

 テルアビブのパレードに参加することがあるなら、モノクロのレインボーフラッグ(*12)やクィア・プリズム・フラッグ(*13)を掲げながら、同じことを思うだろう。ガザでパレード(という西洋的な枠組みではない、もっと違うかたちかもしれないけれど)が行われるなら、その時も同じことを思うだろう。

 そんな日は、いつ訪れるだろうか。

 Queering the mapを漂う。顔も名前も知らない、言葉を交わしたこともないガザのクィアたちとすれ違う。

「ここで私たちははじめてデートした。座って、子供の頃のこと、クィア・カルチャーのこと、食べ物のこと、バグパイプのことを話した。」(*14)

「あなたと一緒に、ガザの海に沈む夕日を眺めたい。一晩でいい、この占領が終わり、私たちが一度でも自分たちの土地で自由になれたなら、と思う。」(*15)

——

*1 「TRP2024の開催を楽しみにされている皆さまをはじめ、当日に向け日夜準備を進めている関係者、スタッフ、ボランティアスタッフなど、関わるすべての皆さまへ」『TOKYO RAINBOW PRIDE』2024年3月30日

*2,3,14,15 「【パレスチナのクィアたち】Queering the Map パレスチナ/イスラエル 抄訳」『note』2024年3月25日より引用。すべて読んでほしい。

*4 Queering the map

*5 私がパレスチナについて学んだ大きなきっかけは、〈パレスチナ〉を生きる人々を想う学生若者有志の会による岡真理の講演「ガザを知る緊急セミナー ガザ 人間の恥としての」を視聴したことだった。YouTubeにアーカイブがあるほか、『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』として大和書房から書籍化されている。

*6 ウェブ上で読める記事では以下が参考になる。

Maya Nakata「ピンクウォッシュとは何か。日本にもある?「LGBTQ当事者が、イスラエルの虐殺に声を上げるのは自然なこと」と専門家【解説】」『ハフポスト』2024年4月1日

*7 Queers in Palestine

*8 日本語では「BDS Japan Bulletin」が多く情報発信を行っている。

*9 フツーのLGBTをクィアする、フェミニズムとレズビアン・アートの会、足立・性的少数者と友・家族の会、レインボー・アクション「東京レインボープライド2024へのイスラエル大使館とBDS対象企業からの協賛についての公開質問状〜植民地主義と民族浄化・ジェノサイド共犯と決別するために〜」『Feminism and Lesbian Art working group』2023年12月28日

フツーのLGBTをクィアする、フェミニズムとレズビアン・アートの会「東京レインボープライドにアマゾンとマクドナルドとの協働中止を要請します~イスラエルのアパルトヘイト・ジェノサイドに加担する企業とは決別を~」『Feminism and Lesbian Art working group』2024年3月17日

*10 「About LGBT」『TOKYO RAINBOW PRIDE』

*11 「LGBT用語解説:プログレス・プライド・フラッグ」『PRIDE JAPAN』

*12 テルアビブのパレードがイスラエルの軍事侵攻を不可視化していることに抗議する「ブラックランドリー」というクィアたちは、パレードでレインボーフラッグを白黒にコピーしたものを用いる。

ひびのまこと「クィアなパレスチナ連帯とレインボーフラッグ」『barairo.net』2024年3月4日

*13 イスラエル兵が2023年11月にガザでプライドフラッグを掲げたことを受けて、Hamed Sinnoが新しくデザインした。インスタグラムでは従来のプライドフラッグのような「脱植民地行為、反人種差別主義行為、フェミニズム、障害正義、階級闘争との相互関連性を排除する旗」では、自分たちは代表されていないと感じたと説明されている。

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